phoenix夕暮れ@名古屋市内某所


週1で日本語のスカイプ指導をしています。

生徒さんはオーストラリア人の女の子で、名前はAlex(アレックス)。現在、7th grade(中1)の彼女ですが、非常に好奇心旺盛で、とりわけ日本のアニメカルチャーの大ファンです。

 

|かっこいい漢字「鳳凰」

先日、授業の後につい遊び心で鳳凰という漢字の書き方を教えたところ、えらく気に入ってしまい、「too cool(かっこよすぎ!)」と興奮。3分後には燃えるように輝く「鳳凰」の活字が画面越しのノートにいくつも揺らめいていました。

僕も段々テンションが上がってきて、「オーケイ、次は灼熱という漢字を書いてみよう」と提案。「しゃくねつ…」アレックスはその響きを噛み締めるように確認した後、灼熱灼熱灼熱と何度も書き綴りました。見るのはもちろん、口に出してもかっこいい。二人して中二病を患いながらも、大いに盛り上がりました。

※最終的には「灼熱の鳳凰アレックス」という二つ名が生まれました。

 

|平均点なんかどうでもいい論

出オチ感がありますが、もうちょい書きます。(むしろ記事のタイトル的に本題はここから。)

アレックスの例を引き合いに出した訳ではないのですが、そういう生徒さんとのくだらない会話なり、何気ないやり取りは大切にしています。というか、大切にするとかそんな高尚な話ではなく、人対人なので自然とそうなります。

笑い話もさることながら、当然真剣な話もするわけで、先日は期末テストを終えたRくん(中1男子)からこんな問いがありました。「平均点とか、意識して何の意味があるんですか。」と。

これって誰しも経験があると思うのですが、学校や塾のテストで平均点が発表された時、やれ20点上だった!だの、一歩届かず劣等感に苛まれるだの、平均なんて関係ねーよと開き直るだの。反応は人それぞれですよね。

Rくんの主張はこうです。「テストは自分との戦いだから、平均点なんてどうでもいいじゃないですか。」と。なるほど一理あります。

 

|競争社会に染まる不幸

ちなみに、なぜ今回そういった話になったかというと、学校の先生や親御さんが平均点を過剰に気にしている(とRくんが感じたから)です。

まあ、早い話が数学で平均点に届かず、周りからグチグチ言われたということ。笑 

確かに平均点至上主義みたいなのは悪ですし、そんなのは基本的に無視していいと思います。「他人に勝ったか負けたか」を第一優先にモノを見るのは間違っている。部分的に取り入れるのは勝手だし、場合によっては効果的(問題の難易度に大きく左右される得点よりも、偏差値の方が重要な指標であるのは自明のこと)だとも思いますが、それが一番ではない。

なぜなら、そうした世界観で生きていて幸せになれるはずがないからです。

テストの平均点なんてまだ可愛いもので、大人になってもそれは続きます。能力を数字で評価され、結果でのみ判断されるシビアな世界は確かにあります。というか、社会に出たら大半がそうです。ただ、それは一つの「ルール」として上手く付き合っていくべきであって、根っからそこに染まってはいけないと思うのです。

理由は簡単で、くどいですが自分がしんどくなるから。他人を蹴落とすのに微塵も罪悪感を感じなかったり、いつまでも勝ち続ける自信がある方は「どうぞご勝手に」ですが、多くの方はそうでないと思います。だからこそRくんの気持ちはよく分かりますが、個人的には「平均点を取れなかった言い訳」のように「自分との戦い」論を持ち出すのはまた違うと思います。

 

|そんな世の中だからこそ

IMG_1236唐突に京都の眺め(完全なるネタ切れ。そろそろ旅に出なければ…)@稲荷山


先ほど書いた通り、日本における集団生活というのは大変で、見えないモノサシで常に測られているようなところがあります。そうした社会の中で「自分との戦いだからいいんだ!周りは関係ないんだ!」などと主張しても、当人の努力や能力が足りなければ、必ず攻撃してくる人が現れます。

そこに至っても、周りに何を言われようがスルーできるような鋼のメンタルを持っていれば問題ないのでしょうが、「無能」というレッテルや、嫌みとか心ない言葉を浴びせ続けられて、自己肯定感を保つことは容易ではありません。少なくとも僕は無理ですね。

そこでの有効な対処法は一つ。逆説的ではありますが、実力をつけることです。今回であれば、周りに何も文句を言われないような点数を取ってしまうこと。

本人が必要以上に周りから攻撃を受ける時というのは、往々にして「自分の本当の実力を隠している時」だと思います。その伸びしろのようなものが透けて見えてしまうからこそ、周りが放っておけずに口を出す。特に家族なんて、ほとんどの場合本人に良くなってほしいだけであって、悪気は1ミリもないわけです。

一方で、年がら年中他人の粗探しをしているような方も残念ながらいますので、そういった層を黙らせる(笑)ためにも、やはり結果を出すということは大切です。

ただ、忘れてはならないのは、その世界観に自分が染まっては本末転倒だということ。結果だの数字だの何だのは、あくまで自分が自由に生きていくための手段であって、それが目的になってしまっては、地獄行きの片道切符を手にしたのと同じことです。

 

 

…てな話をね、中1にも伝わるように噛み砕いて話をしたわけです。理屈っぽくなりすぎるのも嫌だし、色々面倒くさくて「四の五の言わずに勉強しろい!」っていう時もあります。むしろそっちのが多いかも。さっさと勉強なんか片付けちゃって、冒頭のようにあーだこーだとヤバめの二つ名を考えている時間の方が100倍楽しいので。



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